有名病院の気の利く看護師

大阪の有名な病院に大学1年の頃、少しの間入院することになってしまった時のことです。そこの看護師さんの心遣いにありがとうと伝えたいです。初めての
手術しなくてはならず入院になりました。緊急の手術というわけでもなかったし、必要な日数もほんのちょっと。今までも行動力のある人間だったので、私だけでも必要なことはやっていけるし、
入院ぐらいそんなに辛くないだろうと軽々しく予想していました。予想外にも、心許せる人が全然居ないこの地での毎日は、
不安な思いを感じ取ってしまうことがいくつもありました同じ病気で手術を受けた同室の人より術後の症状が悪かったり、ものを食べるのが周りの人たちより遅くて、
ご飯が終わる時間に追いつかなかったり、周囲の患者さんの気にかけてくれる人の多さを目の当たりにしたり事前に考えていたより生活に苦痛を覚えることが多くありました。入院前は大丈夫だと思っていたのに、
楽しいこともないし、思ったとおりに動かない情けない私にストレスを感じてばかりでした。入院開始から1週間過ごしたあたりに、関節の痛みで体勢が変えられず、ひどい肩こりに
いらついていました。ついに看護師さんに貼り薬を処置してもらおうという考えも思い付きましたが、付き合い始めの彼が会いに来てくれていたのを看護師さんが気づいて、「彼に頼もうか。」と提案してくれました。
予想もしない思いつきに動転してしまいましたが、今になってみると気の利いた助言でした。彼は多忙でそう何回も休みも多くないので、一緒の時間が少しでも多く
確保することができていい思い出になりました。丁寧かつ迅速にヘルプしてくれるのも感謝しているのですが、あの時のようにスマートな言葉をかけてくれることによってそれまで感じていたストレスが
緩和されました。身近に詳しい人もいなかったので、病院での振る舞いとして何をしてはいけないのかも理解することができず、誰に相談すればいいのか不安に思いました。それからの日々は、入院の間いろいろな

相談がしやすくなって、精神的な苦痛を覚える時間が消えていってしまいました。入浴については原則的に曜日が決まっていましたが、入浴できる人があまりいない日は入浴日でない日でも
お風呂に入りたいかどうかよく確認してくれました。フケが出やすい体質なので体もまだ満足に動かせずじっとしているしかない日は息抜きにもなりました。そのうえ外出に合わせて体を洗う日を調整できるようにしてもらえました。
ナースステーションは誰がいる時でもお母さんのように優しくて、聞きたいことがある時は、テキパキと、思いやりを持って対処していただきました。入院していた病院の看護師さんは誰に
質問しても素敵な対応をしてもらいました。その看護師さんも肯定的に触れ合ってくれたことが、ありがたかったです。肉体的苦痛の軽減も大切ですが、
なによりも看護師さんには闘病の苦しみの緩和をしてもらいました。

グループホームの年配ナース

私の母親が看護してもらっているグループホームで仕事しているベテランナースさんは、通所者さんにとても丁寧で温かい気づかいができる人です。クリニックと一口に言っても多様なタイプの品性があります。
おせっかいのウェット感たっぷりの大学病院もいれば何でもかんでも単刀直入な感じで淡々と言いきっちりとした感じのさっぱりした人たちもいます。
きっとそれぞれの特質があるのは良し悪しだとは思いますが、私的にはパシパシと厳しい言い方をする人は冷たく感じるので人の気持ちをくみ取ってくれる市立病院の方が付き合いやすいです。
小山外科クリニックさんの妙齢は60代くらいでしょうか?暗い顔など見たことのないいかにも頼れる人という印象の女性です実際にどんなときにも笑顔で治療の際にも細やかな気遣いをしてくれます。
私の父もその通りであるように特養には寝たきりのまま呼びかけにも応じないおじいちゃんおばあちゃんが多いのにもかかわらずAさんはこつこつ声掛けの反応を見ながら対応してくれます。
ベテランナース口の掃除をする際も「歯磨きをしますので、口をあけてもらえますか?」年上の父にクリニック丁寧なことばでやさしい言い回しで聞かせてくれます。
そして私の父親が大学病院教えられたことを理解して口の中を見せたわけでも十分に開口できたほどではないのにそんな状況でも
市立病院「「上手に口をあけていただき助かりました。」と褒めてくれます。
そんなやり取りが、小山外科クリニック他の人からすれば普通のようなことが私たちとしては有り難いのです。
クリニック反応はなくても、私の両親をまだ大丈夫な人として接した扱いをしてくれる婦長さんに心の底からベテランナースに感動感激がいっぱいになります。

ましてやそのベテランナースさんに対しては「わたしたちの家族が主人のそばにいるからそうしているのだ」という嫌な憶測、怪訝さのような心もとなさはうかんでくるなんてありませんありえません
クリニック怪しげなぶれたところがないので信用できる大学病院のでしょうね。
その人は表面だけではなくケアをしてくれていると伝わるので息子としては市立病院気持ちが安堵します。
その上小山外科クリニック有り難いことは、ホーム内の違う課のベテランナースに対するときもケアの仕方のよくないところよりよくした方がちょうどよいと思われる点については
良い次のステップへと進ませてくれます。
現実的に身内の見ているときでも治すべき点をクリニックとなりの病棟の看護スタッフに引継ぎしてくれていましたし職員のAさんが母の
デイサービスに来てから多くの点で成果が見られました、
私ら親類としては大学病院ずっと前から気にはなっていたものの「こまごまうるさい家族だ」とささやかれるのも意図してないので長い時間躊躇して
届けられずにいたことが良い結果をもたらしていたことを知り大変ありがたいと思いました。市立病院たった一人の看護学生にやれることには言を俟たずに小山外科クリニックに限界があるでしょう。
クリニックけれど、それぞれの職員のケアしてくれたことはちっとも微細ではないという出来事をそのベテランナースさんを通してまた新たに感じました。

感服してしまう看護師さん

さきに就労していた病院施設に、大変独特で一回話したら強く認識する年長の看護婦がいたんだなー。。

その看護師は40代前半の結婚をしていない女性。

縮毛が大変ひどく、髪をくびってもハンパなくて、とても離れた場所から影を見るだけでも、すぐにその先輩と誰もが気が付きます。

声は林家パー子みたく、宇多田ひかるのような声でって意味が全くわかりませんよね…、声がよく聞こえるので、遠く感じてもどこにいるのかが確認できます。

その人は3年前に私と一緒に人員募集の面接を受けました。

採用考査はちょくちょく行われてて、偶然にもその時は私とその先輩だけでした。

選考の日、試験台を隣りにして考査を始めたのですが横の人ははじめはおとなしく受けていたのに、突然独り言を述べるようになり、そこにいる監視員からしょっちゅう静止を受けてました。わたしもはじめのうちは気をとられていたのですが、おしまいが過ぎると好奇心がなくなり、「あ、今この看護婦はこの課題を答えようとしているんだ。あ、この課題で戸惑っているんだ。」などと考えるように変わってきました。
初めて巡り合った当日にこのまま昼ごはんに誘いだされあたりのカフェに入りました。その女性のトークはやむことはなく、全部この人が口を開いて切り上げました。一番初めの印象からたいへん変わった先輩でした。

考査も問題なしで両者とも通り、二ヵ月後の出初の日に重ねて顔を合わせました。その期にその女性の閲歴を聞き、以前から難しい配属先の専門看護師をしていたことを知り、一目他の人とは違った雰囲気を持った人だけと、そのナースに注意を引かれるような気持ちを持っている自分に気が付きました。

2ヶ月の研修が遂げて一緒にCCUで勤めるようになり、その看護士の力量が顕示され、尊敬の念を覚える光景が再三認知されるようになっちゃってきました。はなからそこに長年勤務していたナースよりも作業が早く、腕も確かなので、遅れをとっていた当方のヘルプをやってくれました。無論のこと、他の皆はいぶかしげですが、その看護士に文句を言えるような人はおらず、その看護師は思う存分したい放題に勤務していました。その看護婦は勤務年数は短かったですけど、経験者や博士並み、いやいや加えて学が豊富であり、半人前のドクターへ教育している光景も気づくようになったんですね。
個性が激しいので、病棟内にその同僚を認知しようとする人は少数派で、まことに場の空気にそぐわないように見られてましたが、そのナースは自分の進め方は修正しないといつもその同僚の手法というのを変えませんでした。入院している人たちや周囲を気遣ってのサポートであっても、患者の周囲からは攻撃的である病棟担当がいる、押しが強すぎる、等の非難も浴びせられることが色々絶えないようでした。他の職員もその方にこりごりなのに、患者の家族の方々は一段とうんざりです。

そんな感じの根拠から副院長や部長から指導されることもしょっちゅうありましたが、その看護婦の役目に面する技術や情熱は人一倍大迫力で、いつからかあたいの一番感服する
人に変じていました。

宮城の病院へ入院した時の話です。

宮城の知る人ぞ知る病院に大学院1年の頃、10日間入院することになってしまった時のことです。

あの病院にいた看護師さんの素敵な心遣いに感謝したいです。最初で最後の手術と入院を経験することなりました。驚くようなオペが必要だったわけではないし入院期間もそんなに長いわけでもありませんでした。

何よりもこれまで一人暮らしなので自身でもある程度のことはこなしてきたし、入院生活ぐらい全く辛くないだろうと軽く想像していました。

しかも寝ているだけで良いわけですから、何とも暇なもんだなと思っていたくらいです。

けれども、知り合いがそんなに居ない環境での闘病生活は、悲しい思いを感じ取ってしまうことが何度もありました。自分でも意外なくらい弱い人間なんだなとつくづく幻滅です…

同じ症状で手術を受けたおばあさんより術後の膿が酷かったり、食事の早さがいつもよりのんびりしていて、配膳トレーを下げる時間に完食できなかったり、というか他の人が食べるのが早すぎるんですよね。完全に言い訳ですけども。

他の患者さんの見舞客の多さを見せつけられたりと、事前に想像していたより入院生活に悩んでしまうタイミングが多かったです。

入院したてなのに、一人きりだし、思い通りに動けない情けない私にいらいらするようになりました。術後少し経った頃、足が痛くて寝返りが打てず、ひどい腰痛に苦しめられれいました。

あんまり今まで腰痛って感じたことがなくて、ちょっと前にぎっくり腰をしたことはありましたが、

それ以外、腰痛という腰痛に苦しんだ記憶がなかったので、それが今更って感じでしたね。

看護師さんの手で貼り薬を処置してもらおうと思いましたが、彼が偶然見舞いに来ていたのを看護師さんが知っていて、「彼に貼ってもらおうか。」と言ってくれました。
思いもよらぬ勧めに動転してしまいましたが、思えばありがたい話でした。彼は社長で余り頻繁に休みを取るのも難しかったので、二人だけの時間がちょっとでも多く貰うことが出来て嬉しかったです。なんでも丁寧にケアしてくださるのもありがたいのですが、こうした温かい提案によって入院中に感じていたイライラが緩和されました。

早く玉の輿に取りたい気分になりました。がそうそううまく行くものではないとは理解しているつもりですけども。

入院や手術が初めてだと、入院中はしても良い事と悪いことの差が自分で分からず、どこまで何を相談すればいいのか疑問に思い不安でした。シップの件以降は、入院の間多種多様な

話ができるようになって、精神的な苦痛を感じる時間がほとんどなくなりました。

入浴できるのは本来2日に一回と決まっていましたが、入院患者が減った時は順番を開けて入浴したいかどうかいつも確認してくれました。

フケが出やすい体質なのでやっぱりゆっくりとは言わないまでも自分のペースで時間を過ごせるバスタイムは、外出の許しも得られず退屈な日はリラックスすることもできました。

おかげさまで退院のタイミングにあわせて入浴日を調整してもらえました。
ナースステーションはたいていはお母さんのように優しくて、なにか困ったときは、迅速に、完璧に対処してもらえました。

あの病院の看護師さんはどの人に質問してもスマートな解決法を用意して頂きました。

どんな時でも優しい表情でフレンドリーにしてくれたことが、忘れられません。今でも時々話したくなる人もいます。

体の痛みの緩和も大切ですが、何を差し置いても看護師さんには苦しい心の緩和をしていただきました。

仙台市のクリニックの単発看護師さん

消化器内科のクリニックの外来勤務の看護師さんについてです。
クリニックは日中のみ開院しており、ドクターが1人、ナースは3~4人おられました。全員40代以上のベテラン看護師といった感じです。
先日胃の不調があり、子供(乳児)を連れて受診しました。診察後急遽胃カメラをすることとなりました。
胃カメラは以前もやったことがあったのですが、とても不安で緊張していました。処置をする看護師さんが「胃カメラは初めて?緊張するね」と声をかけてくれました。
点滴したり局所麻酔を散布したりと前処置は看護師さんが行っていましたが、「今からこのお薬を入れます。」「ちょっと鼻のあたりが気持ち悪くなるよ。」などとひとつひとつ声をかけながら行ってくれたので、少しだけ緊張がほぐれました。
また手技も慣れているようだったのでスムーズに処置が進んだことで、安心することもできました。
胃カメラが始まると医師と連携しながらカメラを挿入していました。
ただドクターに言われたことを行うのではなく、流れがわかっているので、「先生これはしておきました。」など先回りして行っていたり、ドクターが何も言わなくてもスムーズに処置が進んでいました。
またその日預ける人がおらず、乳児を連れて行きました。処置の際には私が依頼する前に「この辺りで交代しながら見とくから大丈夫よ。」と言っていただき、処置室の外の声が聞こえる場所で業務をしながら見ていてくださったので本当に助かりました。
処置を受けながら、子供に声をかけてくれているのが聞こえたので安心しました。
処置が終わってから「良い子してましたよ。久しぶりに小さい子を見て癒されたわ。」と笑顔で言ってくださり、忙しいのに嫌な顔ひとつせずに対応して頂きました。

クリニックなので、お年寄りなどはいつも通われている人が多いようで、看護師さんは患者さんの名前や顔を覚えているようでした。
「○○さん、最近はどう?」など親しい様子で声をかけられていました。
また医師が指示をした内服薬を患者へ渡す際にはその人に合わせて説明をしていると感じました。
ある患者が「睡眠薬が効きすぎたら大変だから半分にしてほしい。」と言われており、それに対して看護師さんは「半分に切ることもできますよ。ここに線が入っているので袋の上からはさみで切って飲んだらどうですか。それで眠れなかったらもう半分を飲むこともできますよ。」と説明されており、患者さんは納得された様子でした。
看護師さんの手技がスムーズで上手だったことはもちろん、声掛けに温かみを感じたことで、安心して診察や処置を受けることができるんだな、と感じました。

仙台市の単発看護師さん

仙台市内で子どもが入院したときの看護師さんのお話しです。
その方とは、以前に別件で知り合う機会があり、それからことあることに週末のイベントごとで良くお会いしていました。
子どもがサッカーをしていて、その看護師さんのお子さんもサッカーをしていたので、サッカーの場面でもたびたび顔を合わせる機会がありました。
うちの子が、お腹を傷めながらサッカーをしていたのを知っていて、それでも5月の大会は優勝し、その後、6月の中総体では、決勝で負けてしまい、県大会への出場が適わず、その次の日にうちの子が入院してしまいました。
その時に、その看護師さんが勤めている病院に入院したので、もしかして中総体のときもすでに体調が悪かったのではないかと気遣ってくれました。
そして、入院中暇でしょう、ということでテレビカードをプレゼントしてくれました。

仙台にはそのように心温まる対応をしてくれる看護師さんがたくさんいると思うとうれしいですし、これから看護師求人仙台単発を探している方がいたら、そのような人にぜひなってもらいたいと思います。

知り合い程度で、そこまで深く付き合いがなかったのに、入院となるとまるで友人のように優しく接してくれてとてもありがたかったです。

産婦人科の看護師さん

もう何年の付き合いになるのでしょうか。

その看護婦さんとの出会いは、私が小学生のときでした。
小学生の私からしたら、産婦人科というのはテレビで見ていてなんだか少しこわいイメージでした。

しかし、修学旅行と生理の予定日が重なってしまいそうでイヤだと母に相談していたら、産婦人科に行ってお薬を出してもらおうかといわれ、修学旅行中の生理痛のことを考えると嫌で、初めて産婦人科に診察してもらいに行くことにしました。
地元の小さな産婦人科で、その看護婦さんは、最初受付で私を笑顔で迎え入れてくれました。
その笑顔で少し緊張が和らいだのを覚えています。
診察の時もその看護婦さんが案内してくれて、無事に処方を受けることが出来ました。

2度目の来院は、妊娠でした。
高校一年生でした。
堕胎です。
辛い決断でした。
その時もその看護婦さんが付き添ってくれて、優しく話を聞いてくれました。
親にバレたくなかったので初診ということにしたのですが、久しぶりねと、声をかけられてドキッとしました。

3度目の来院も、妊娠でした。
産む予定でした。
が、赤ちゃんの心臓は動いていませんでした。
その時、旦那よりも、親よりも私が素直に泣きつくことができたのはその看護婦さんでした。
特に特別な言葉を言われたわけでもなく、なにがそんなによかったのかはわかりませんが、抱きしめてもらい、心が落ち着いていったのを覚えています。

その後、4度目の来院です。
妊娠でした。心拍も確認でき、すごく嬉しかった。
その看護婦さんもすごく自分のことのように喜んでくれました。
もう初めての来院から10年。
何回も会っているわけではないのに、とても信頼できる相手になっていました。

それから、妊婦検診で通うたび、声をかけてくださって、体調を気遣ってくれたり、世間話をしたりしてくれて、毎回の検診がとても楽しみになりました。

9ヶ月で妊娠中毒症となり、入院しましたが、その時もほぼ毎日様子をうかがいに来てくれていました。
出産後も、マッサージをしに来てくれたり、話をしに来てくれたりと何かと気づかってくれていて、産後の不安定な精神状態をささえてくれました。

その後、二人目、3人目をその産婦人科で出産しましたが、まだ働いていらっしゃって、3人目の時には助産師さんになっていました。
本当に人を助けることが好きな人でないとこのような気遣い、前に進もうという努力はできないだろうなといつも尊敬してしまいます。

また、次の出産も楽しみです。

勉強を怠らない理想の看護師さん

以前、同僚として一緒に働いていた看護師さんの話です。
私は看護師ではありませんが、新設の乳児院で保育士として働いていました。

乳児院とは、なんらかの理由で家庭で養育を受けることのできない乳幼児を24時間保護者に代わって養育する、児童福祉法に基づいた福祉施設です。
私が勤めていた乳児院では生後1週間から3歳前後のこどもたちが、常時15名ほど生活していました。

そしてそこでは常勤スタッフとして、保育士と看護師が一緒になって保育を行なっていました。
日常保育においては、保育士も看護師も関係なく同じ仕事をしていましたが、看護師さんはやはり病気などについての知識や経験が豊富なので、とても頼りになる存在でした。

その看護師さん達の中でも、私は一番年配の方と特に仲良くさせていただいていたのですが、その看護師さんはあまり口が良くなかったので、まわりの人から誤解を受けやすいタイプの人でした。
実は私も最初の頃は怖い人だと思っていて、苦手意識を持っていました。
しかし、シフトの組み合わせで2人で一緒に夜勤をする機会が多くあり、次第にその人の性格や仕事のやり方などが分かってくると、私の中ではいちばん一緒に仕事をしやすい人になりました。

その看護師さんは、乳児院で働く前は数十年に渡りずっと病院の看護師さんをされていたので、知識も経験もかなり豊富だったのですが、それでも時間さえあれば日々乳幼児の発達や健康、病気について勉強をされていました。
分からないこと等質問をすると、どんなことにも分かりやすいように丁寧に説明をしてくれて、また、その場で分からないときには「ちょっと時間をちょうだい」と言いながら、次の日にはしっかり答えを持ってきてくれるような人でした。
とにかく勉強熱心で、そのプロ意識に看護師という仕事のすごさを感じ、とても刺激を受けました。

私がストレスで胃を壊していた時も、他の誰にも気付かれなかったのに、その看護師さんは私の歩き方を見ただけで胃の調子が悪いのだと気付き、「若いからって甘くみてるかもしれないけど、30越えたらこのツケが全部出てくるから覚悟しときなさいよ!」と怒られてしまいました。
言い方はきついけれど、それだけ心配してくれているのだと、その人の優しさを感じました。

今はもう一緒に働いていませんが、仕事などで大変だなと思うことがあるたびに彼女のことを思い出します。
現状に満足せずに、自分の仕事に誇りと責任を持って勉強を怠らない姿は、私の理想になっています。

お母さんは看護師

私の母は看護師をしています。
現在は小児科に勤めており、日々新生児のケアや未熟児のケアを行っています。
小児科といっても、小児のみが対象ではないようで、高齢者や壮年期の患者さんもたくさんいるようです。

母は地域の総合病院で働いており、勤続35年目になります。
幼いころより看護師として働く母をみて育ちました。
私が小さなころ、妹が足の手術をしなければならず、母が勤めている病院に入院しました。

母も、妹が入院している病棟に属しており、仕事をしながら妹の看病をしていました。
私が妹のお見舞いに行ったときに初めてナース服を着た母を見ました。

いつもの家で見る母とは違った印象で、とても母がたくましく、かっこよく見えました。

母が看護師として仕事をしている場面を見る機会は少ないですが、母の口から聞く病院の現状や、患者さんとのかかわり方、看護師としての業務内容ややりがいをよく聞きます。
その様子から、母は看護師という仕事にとても誇りを持ち、やりがいを感じていることが伺えます。

世間では看護師は肉体労働で、汚い仕事をしなければいけないというイメージですが、実際母の働いている話を聞くと、患者さんのニーズに応えるために工夫して個別性を重んじたケアを行ったり、患者さんだけではなく患者さんの家族のフォローもしたりと、世間で言われているイメージだけではないのだとわかりました。

時折患者さんから感謝の手紙をいただいたり、お花やお菓子をいただいたりしている母を見ると、本当に患者さんに親身になって寄り添い、日々ケアを行っている頼れる看護師さんなんだな、と思います。

また、日々進歩する医療に追いつこうと定期的に病院内で勉強会や医師の講習会に参加し、勉強している姿もうかがえます。
夜勤もあり、疲れているのに参考書を読んだり、勉強会・講習会に出かける母の姿を見て、すごいなぁと思います。

また、仕事が忙しいからといって家庭のことをおろそかにせず、しっかり料理を作ったり、掃除や洗濯をしているところもとても尊敬しています。

看護師は日々患者さんの命と健康に向き合い、時に患者さんの死とも向き合わなければならない、一歩間違えれば患者さんの命を危険にさらしてしまうかもしれないストレスの多い仕事です。
しかし、自分のケアと、病院での治療のおかげで患者さんが健康になって退院していく様子を見るととてもやりがいを感じると母は言っていました。
そのような自分の仕事に誇りを持って働いている母をとても尊敬しています。
また、看護師という仕事も、大変な業務を大きなプレッシャーの中で成し、患者さんの命と健康を守っているとても尊い仕事だと思います。

掃除をしてくれた看護師さんにお礼を言いたい

昨年は人生で始めて入院というものを経験したものでした。
一昨年から病院通いが必要となった私でしたが、それは突然やってきました。
昨年の春頃に病院から急遽電話があって直ぐに入院してもらいたいとのことでした。

本当に突然のことでなかなか事態を上手く飲み込めなかったのですが、急遽入院することになりました。
入院しなくてはいけなくなった理由は免疫力が落ちているということが分かったからであり、その状態で街中を出歩いたりすると危険であるということからでした。

今まで入院というものをしたことがなく、このときばかりは看護師さん達にお世話になりました。
入院期間は9日間を要したものになりましたが、この期間にお世話になったとある看護師さんのお話をしてみたいと思います。

私が入院した病院は正確にいうとクリニックになります。
免疫力が落ちた私は病室内から出ることを禁じられました。
おトイレにいくときだけは、マスクをして部屋から出ても良いとのことでしたが、それ以外はずっと病室内にいる状態でした。
お食事も病室内となり、その看護師さんにはいつも病室内までお食事を運んできて頂きました。
私が一番その看護師さんに申し訳なかったというか、有難うごさいましたという感謝の気持ちを持っているかというと、私が入浴したあとの掃除までしていただいたことです。

どういうことか言いますと、免疫力の落ちた私は入院期間中に髪の毛がたくさん抜けるという事態になりました。
就寝してから朝目が覚めて枕を見てみますと枕元に自分の髪の毛がたくさん付着していることが分かりました。
医師からお風呂は控える様に言われていましたが、入院してから5日ぐらいが経過したとき、シャワーを浴びることを許可して頂きました。

そのときにシャワーを浴びたのですが、髪の毛の抜けが酷かった私はこのときにいくら頭を洗っても髪の毛が抜ける状態であり、結局のところお風呂の排水溝は私の髪の毛で一杯になってしまいました。
しかし、看護師さんは何も気にすることないよといって私の髪の毛で一杯になった排水溝を綺麗に掃除して頂きました。
本来の看護師というお仕事だけでなく、部屋にお食事を持ってきてもらったり、お掃除までしてもらったりその看護師さんには本当に感謝しています。
退院するときにはいらっしゃらなかったのでご挨拶することが出来なかったのですが、もし機会があればその看護師さんに有難うございましたとお礼を言いたいと思っています。

訪問看護は人生に触れる素晴らしい仕事

訪問看護師というのは、療養中の患者さんにたいして医師の指示をもって自宅を訪問し、病気の状態を観察し医師に報告したり、床ずれや創傷の処置をする看護活動を行っています。
ほかにも、病状によっては家庭での入浴介助をすることもありますし、家族に対し介護指導をすることもあります。
私の知っている訪問看護師は、地域の総合病院に所属し、地域の開業医の医師からの指示をもって、末期がんの患者さんや高齢者のお宅へ定期的に訪問しています。
余命半年と宣告されたある末期がんの患者さんのお宅には、最初週一回のペースで訪問して、血圧や血中酸素濃度の測定をはじめ、使用している酸素療法の機械がうまく扱えているか、ほかにご家族からの食事の用意のついてや頻繁にお風呂に入れないため足湯の仕方などの相談にのっていました。

そうして約6ヶ月目。
非常に体調よく過ごしていたその患者さんに、とうとう変化が訪れました。
食事量が減ってきて、飲み込むことが難しくなってきました。

尿量も減り始め、むくみもひどくなり、呼吸苦がみられ始め、今までのようにトイレに行かれなくなり、場合によってはおむつも必要になる状態になりました。
そこで訪問看護師は医師と担当ケアマネジャー(40歳以上の末期がん患者は介護保険が使えます)に連絡を取り、本人と家族と相談のうえ、ポータブルトイレの購入とおむつの用意、ヘルパーの訪問が行われることになりました。そして訪問看護師の訪問頻度も週3回に変更になりました。

病状は坂を転がるように悪化し始め家族は戸惑いますが、訪問看護師はこの先に起こる変化を予測し家族に伝え、少しずつ旅立ちのための準備も整えるように助言をしました。
口からの食事が難しくなり、点滴も多くは入らなくなり、尿もほとんどでなくなったある日。
近くに付き添っていた家族が患者さんの変化に気が付きました。
口がぱくぱくと何回か動いたあと、呼吸が止まったようでした。
家族はすぐに訪問看護師に連絡。
すぐに訪問看護師が訪問、訪問看護から連絡を受けた担当の医師もやってきて、患者さんが旅立ったことが伝えられました。

穏やかに自宅で過ごして旅立つことができたのは家族のおかげと、「いい顔でよかったねえ」「みんな頑張ったねえ」と声をかけながら家族と一緒に患者さんの体を拭いて新しい浴衣に着替えさせました。

訪問看護師はただ医療処置を医師の代わりにするのではなく、患者を病気も含めて日常生活をとらえ、医療面からサポートし、医師以外とも連携をとるという看護師の中では非常に広い知識と視野の求められる職種です。
多くの人の人生に触れる素晴らしいお仕事だと思います。